果てのない宙の海に幾千幾万の星々がある。その星の中で命は生まれ、育まれ、奪われ、最期の時にはすべての命が等しく星に還り、巡る。
生きる理由とは、命の意味とはなんなのか。
それを問うた人の想いを、レンは生涯忘れることはないだろう。
宙から見た美しい星々の景色なんてもう二度と見れないかもしれないと、暫く前に思ったことを憶えている。こうして再び目にすることになるなんてこと、レンには全く想像がつかなかった。
視界に映るすべてを忘れないようにレンは瞬きひとつもするつもりはなかったが、どうやらどこかの星に着いたらしい。宙から空へと渡る衝撃に一度目を閉じ、再び瞼を開いた瞳に写ったものは、一面の青い海原だった。
宇宙を駆けている間には自分がどの程度の速度で移動しているのか判断する手段がなかった。光よりも速かったような気もするし、一秒よりも長い時間をかけて漂っていたような気もする。
今わかることは、雲ひとつない空の中をゆるやかな速度で落下中ということだった。
大気圏を五体満足で超えられたことはよかったが、見渡す限り地平線の彼方まで海しかない。陸に着地するのはどうやら無理そうだ。
どういうわけだかただ落下しているわけではないようで、体のまわりにふわりとしたよくわからない感覚がある。高高度から落下している割には速度も遅い。——それでも空中遊泳というような速度ではなかったが——浮遊とも取れるこの状況では海に叩きつけられて死ぬことはなさそうだが、いかんせんコントロールが効かない。この大海を泳いで陸を探すのはさすがのレンもあまり考えたくはない。なんとか空中で体勢を整え、海上へと目を凝らす。
何度見たところで景色はそう変わるものではなかったが、落下していくにつれ遥か下の海に船らしい黒い点が見えた。
「らっきぃ」
船に意識を向けると体がそちらを向くのがわかる。徐々に見えてくる甲板を視界に捉えて、着地のイメージを思い浮かべる。
大きな帆と船の天辺でなびく旗には立派なドクロのマークが描かれており、レンにもそれが海賊船なのだろうことはわかった。しかしながら他に着地できそうなところもない。
なんとか着地だけさせてもらい、あとのことはまた考えよう。
レンはあらゆることを無条件に楽観視するような性格ではなかったが、現状ではこれが無事に着地する唯一の策だった。結果として、レンは無事海賊船の甲板に着地することができ、目立った外傷もない。
問題は、遙か上空からは黒い点にしか見えなかったその船が、実際のところは巨大な帆船だったということだ。
大きいが故に着地がし易くレンとしてはありがたいことこの上なかったが、突然甲板に見知らぬ風貌をした女が着地してきたら 一般的 な海賊ならどうするだろう。
ここが 話のわかる 海賊たちの船ならばよかったが、残念なことにこの船の乗組員たちは前者の一般的な海賊だったようだ。数も随分と多い。
レンが甲板に着地した瞬間、数多の銃口と刃物が一斉にレンへと向けられる。引き金にかかる指は随分と軽そうだ。
突然ごめんなさい。不慮の事故に巻き込まれまして、よかったらどこかの港まで送っていただけませんか——これは怒号や銃声の鳴り響く中でレンが口にした言葉だったが、この言葉を最後まで聞いていた者はおそらく一人もいなかった。
レンの第一声の時点でほぼ全員がレンへ向かって発砲——船内に響いた銃声を聞き、カチコミか何かと勘違いしたらしい船内の海賊たちも続々と声を上げながら武器を振り上げた。
レンは最初の発砲を上へ跳ぶことにより回避しつつ、甲板にいる百は超えていそうなこの船の持ち主たちに向かって範囲魔法攻撃を放った。最初の銃弾に続き聞きなれない爆音と悲鳴が船上に響き渡り、あらゆる扉から武器を手にした海賊たちがぞろぞろと甲板へと集まってくる。敵はどこだと声を荒げる海賊たちへ向けて、レンは甲板に大きな爆発の華を咲かせた。
「困ったな……船って、どうやって動くんだろ……」
トタン、とマストから再び甲板へと足を降ろした頃には、海賊船の乗組員は全員動く気配すらなくなっていた。
もう誰の耳にも入らない呟きが、風に乗って空へと消えた。
商船や乗合船にしか乗ったことのないレンは、当然航海術も操舵術も持っていない。レンを乗せた巨大な帆船は、ただ風に流されていくのみだった。
空は相変わらず高く、風が心地良い。
ここがどこかはわからないが、空と海と風があり、山も川もきっとあるだろう。それがあるならここがどこでも冒険はできる。
レンは船の船首へと立ち、 細剣 の柄に手を添えたまま正面から風を浴びた。潮の香りが、今は遙か遠い宇宙の彼方にある港町を思い出させた。
「そこで何をしている」
不意に、誰もいないはずの海から声が聞こえた。
振り向くと、甲板に一人の男が立っている。
男の背中にある身の丈よりも大きな黒刀が、太陽の光に鈍く反射していた。